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● 《活動レポート》
「みぬまで暮らす会」への私の思い |
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嘉成 勝子(会員、みぬまで暮らす会 代表) |
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還暦を過ぎても、若い頃となにも変わっちゃいない気分でうかうかと暮らしていた私だったが、自分の歳が母の逝った年齢を超えた時、突然、「あぁ、いつ死んでも可笑しくない年齢になったんだなぁ。」と思った。まるで、うたた寝から醒めた感じだ。
人は誰でも何時かは死ぬ。死亡率100%は間違いなしだと知っている。それなのに、それが自分のことだとは感じていない。私もそうだった。
子育てもどうやら終わり、親たちも全員見送り、いまや夫婦ふたりの気楽な暮らしである。毎年お正月には「あと何回、一緒にお雑煮を食べられるんだろうね。」などとシミジミ言い交わすが、松があける頃には日常のバタバタした暮らしぶりに戻り、この暮らしが永遠に続くものと思っているらしい。なんの根拠も保証もないのに、我ながら暢気なことだ。
私自身、死ぬことに対しては怖さを感じない。これまで父母をはじめ大勢の知古の臨終に立ち会ってきたが、その誰もが、その間際にはジタバタせず、安らかに眠るように逝く姿を見せてくれたお蔭だと思う。私にとっての死は「眠りから覚めない状態」なので、少しも怖くないのである。
私が怖いのは、「死ぬほど苦しいのに死ねないでいる状態」だ。末期癌などで苦しむ状態になった時にはモルヒネでもなんでもバンバン使って緩和措置を施して欲しいと願っている。延命措置は不要である。自然界の全ての動物は、餌を獲れなくなった時、口からものが食べられなくなった時が終わりの時。あとは静かに眠りながら死を待つ。そんなもんだと思っている。
もうひとつ怖いものが「生活苦」である。単に家庭経済のことだけではなく、生活する上で必要な様々なことを自分で出来なくなった場合の心配である。わずかな年金が頼りの貧乏人なので、それらを全て金の力で解決することは不可能だし、子供たちにはそれぞれの生活もあるし、介護保険だけじゃ暮らし全般を支えることはできないし…どうすりゃいいんだ。
施設で暮らすという手もあるか…ということで、百聞は一見にしかずと施設めぐりに。しかし、結論は淋しいものとなった。有料老人ホームは、入居一時金にも毎月の支払いにも手が届かず、選択の範囲外。特別養護老人ホームは何百人待ちの状態で、緊急性の高い人優先とかで望み薄。高齢者専用賃貸住宅は、夫ならばどうにか払える範囲でも、遺族年金となる私ではムリ。こうなったら、最後まで自宅で暮らし続ける覚悟をせねばなるまい。それには「転ばぬ先の杖」と「転んだときの頼みの綱」の確保が必須条件だ。よ〜し、だんだん頭の整理がついてきたぞ。
そんなとき、「市民の医療ネットワークさいたま」の上田さんからお誘いがあった。「地域で支え合える仕組みを作りたい」とのこと。なんと良いタイミング、さっそく会議に参加させてもらう。2007年8月5日の第1回設立準備会には医療や介護の現場に関わる人や市民活動をしている人たち15名が参加。以来ケンケンガクガク、利用しやすく継続可能な仕組みについて討議を続け、まずは武蔵浦和界隈で実践しよう、ということになった。2008年8月2日「このまちで暮らす会・むさしうらわ」設立。会員拡大に向けて元気に活動を続けている。
さて、武蔵浦和はそこの地域の人たちが頑張っているし、肝心なのはオラが町だよ、と自分本位な私。去年「見沼区介護福祉マップ」作成で調査ボランティアを共にした4人が集まって「杖」と「綱」の仕組みづくりに取りかかった。「みぬまで暮らす会(準備会)」の発足である。
大勢の人にこの取り組みを知らせて仲間になってもらうことから始めようと、「講座」と「会食の会」を計画した。
世話人のひとりである長沼和子さんの所属するNPO法人くらしとお金の学校が講座を担当、平成20年度生涯学習総合センター市民活動支援事業の補助金を受けて「老後を安心して暮らす方法」連続5回講座を開催した。
私が所属するおもとくらぶ<高齢期を支え合う仲間の会>が会食を担当、シラコバト長寿社会福祉基金の配分を受け、平成20年度豊かな地域福祉づくり推進事業「多世代が集う地域の茶の間づくり」としてランチとおしゃべりの会を開始した。
講座にはさいたま市全域から参加者があり、その中からランチの会に足を運んでくれる人も出て、ゲスト(講師)の話や他の参加者との意見交換で、それぞれの地域に同じような仕組みを作りたいとの声が上がった。すでに活動を始めている「この町で暮らす会・むさしうらわ」や活動を開始した「みぬまで暮らす会」の事例を参考にしたり、お互いの体験や情報を交換しあい支援しあって、あちこちに「在宅で楽しく老後を暮らせる町」ができることを願っている。
実は、我らが「みぬまで暮らす会」には無謀とも思える計画がある。
3年後には本格的な「サロンみぬま」を開設することだ。高齢者だけでなく、障害のある人も子育て中の人も、だれでも集まれるサロン。ひとりで淋しいときに来られる場所。困ったときに頼れる人がいる所。急なショートステイにも対応してくれる部屋。そんな所があれば在宅での独り暮らしも苦にならない。とは言うものの、これを実現するのは簡単なことじゃない。大勢の、ほんとうに大勢の力が結集されなければ、夢で終わってしまう話だ。
死亡率100%なんだから、いずれ誰でも独り遺ることになる。夫と私、どっちが遺るかわからないところが厄介だが、いずれにしても、ご近所さんを頼りにしなければ生きていけなくなるのは目に見えている。元気なうちに夢を現実にしなくちゃ。みなさん、力を貸してください。
12月15日、「みぬまで暮らす会」今年最後の事務局会議を開いた。
講座とランチに参加された方からの紹介で、つい最近まで飲食店を経営していたというSさんと、NPO法人・くらしとお金の学校の会員Mさんが参加してくれた。Sさんは3年ほど前から、共生型住宅を造れないか模索中だったとのこと。私たちのランチの会に、プロの腕を貸してくれるという心強い申し出をいただいた。Mさんはファイナンシャル・プランナー。「サロンみぬま」の建設費や運営費の計画の際の「鬼に金棒」。強い味方が二人も増えた上、長沼さんが用意してくれたカレーライスで満腹の私、「来年はイイこと、ありそう!」 帰りの暗い夜道も、軽い足取りでありました。
『Com.deみぬまbR』2008.12より転載。
発行者:(みぬまで暮らす会世話人)江野本啓子・嘉成勝子・田口秀之助・長沼和子 |
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